玄界灘と限界オタ

インターネットで細々と生きています @toiharuka

オフ大会の一回戦で必ず同じ人と当たってしまう

 

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「じゃあ12番台でお願いします」
「はい」
ぼくはカードを受け取り、対戦台に座って、隣の青年と顔を見合わせた。
「こんにちは」
「ご無沙汰してます」
お互いに深々と礼をする。
「しばらくお見掛けしませんでしたが、どうかされてたんですか?」
「いやあ、実は大学で短期留学をしてて。二年の終わりに行くと良いんです」
「あ、同い年だったんですね。すごく落ち着いてらっしゃるので、てっきり年上かと」
「よく言われます」
青年は笑みを浮かべた。
「それじゃ、戦場で」
「はい」

この毎月開かれる地元のオフ大会に参加すると、何故かぼくらは必ず勝者側一回戦で当たる。お互いのキャラは知っていて、対策も熟知しているので、最初のステージはBANを挟むことなく決まって戦場だ。
たいていはぼくが勝つ。キャラが有利なのもあるだろう。彼は負けるたびに「いやー、負けちゃった」と笑いながら頭をかく。ぼくも合わせて笑って、軽く世間話をしてから受付に行って、それぞれ次の対戦台に向かう。

出会って半年は経つが、一緒にご飯に行くわけでもなく、お互いに敬語を使い続けている。
そんな関係だ。

「じゃあ5番台でお願いします」
「はい」
対戦台に座る。
「こんにちは」先に座っていた青年が口を開いた。
「どうも。髪型変えたんですね」
「そうですね、もうそろそろインターンとかもあるので。さっぱりと」
「さっぱりと。ぼくは高校出てすぐ就職したから、結構懐かしいですね」
「社会人としてのアドバイスとかありませんか」
「そんな大層なもの、ありませんよ」
青年は笑って、コントローラーを挿し込んだ。
「それじゃ、戦場で」
「はい」
ぼくが勝った。
この後のトナメだが、彼はいつもそのまま敗者側で負けるし、ぼくもいつも勝者側二回戦で負けて、敗者側でも負けて、オフ大会としてのその日を終える。
お決まりだ。

「じゃあ13番台でお願いします」
「はい」
対戦台に座るが、青年の姿が見えない。
しばらくして、小走りでやってきた。
「すいません、ちょっとお手洗いに行ってました」
「大丈夫ですよ」
「すぐやりましょう。それじゃ、戦場で」
「はい」
途中まで優勢だったのだが、ぼくが復帰ミスをして負けた。

「じゃあ8番台でお願いします」
「はい」
対戦台に座る。
「こんにちは、早速ですが報告したいことがありまして」青年が遅れて座ってきた。
「どうも。もしかして、ついに?」
「やっと就職が決まりました。あと、彼女もできて」
「ああよかった。毎月会うたびに心配してたんですよ。長かったですね」
「ほんとですよ、インターンは一年半前から行き始めてるっていうのに。あ、彼女っていうのは前に話してた大学の同級生です」
「多分そうだろうなと思ってました。でも悔しいからあえて触れなかった」
青年は笑って、コントローラーを挿し込んだ。
「それじゃ、戦場で」
「はい」
ぼくが勝った。
今日の試合はなかなかに接戦だった。ぼくが早期撃墜を決めたと思ったら、相手もすぐさまやり返してくる。
二人とも決して上手いプレイヤーではないのだが、その拮抗具合を観戦しようと、三人ほどのギャラリーができていた。とても楽しかった。

「それじゃ20番台でお願いします」
「はい」
ぼくが対戦台に座ると、青年は静かに笑った。
「3か月ぶりですか」
「仕事、忙しそうですね」
「思ってたよりも三倍はきついです。今日も久しぶりの休みなんですよ」
「せっかくの休みにオフ大会、いいんですか」
青年は驚いたように少し目を見開いた。
「いやだなぁ、せっかくの休みだからオフ大会に来るんじゃないですか」
「たしかに。変なこと言っちゃったな」
「楽しまなきゃ損ですよ。じゃあ戦場で」
「はい」
彼はしばらくスマブラができていないのがプレイから見て取れた。以前より簡単に、ぼくが勝った。

それから、彼はめっきり来なくなった。一日の休みも取れないほど、仕事が忙しいのかもしれない。


「それじゃ13番台でお願いします」
「はい」
ぼくは対戦台に座るまで、対戦相手が青年だと気がつかなかった。髪は伸びていて、後ろ姿では別人にしか見えない。
驚きを隠しれないぼくはそっちのけで、青年は早口でまくし立てた。
「どうも。つい昨日に仕事を辞めました。ついにやりました。一年半ぶりのスマブラだ」
「お久しぶりです。最初は別の人かと」
「戦場でいいですか?いいですね」
「ああ、はい」
ぼくが勝った。

青年は以前のように笑って頭をかかずに、静かに画面を見つめていた。


「それじゃ5番台でお願いします」
「はい」
青年は先に対戦台に座って、トレモをしていた。
「どうも、今日も対よろです」
ぼくが声をかけると、青年はぶっきらぼうに答えた。
「よろです。終点で」
「はい」
彼は数か月前からメインを強キャラに変えていた。当然対策も変化し、ぼくたちのお決まりのステージは終点に落ち着くことになった。
仕事を辞めてからはずっとスマブラをしているらしく、ぼくでは全然歯が立たなくなっていた。ボロ負けだ。
対戦が終わると、彼は無言で立ち去って行った。
ぼくはそっとコントローラーを抜いた。

「それじゃ2番台でお願いします」
「はい」
彼は対戦台でトレモをしていて、ぼくを一瞥すると「終点で」と言って、そのまま口を閉じた。
ぼくは負けた。
最近は他のオフ大会でも結果を残し始めているらしい。ここで優勝するのも時間の問題だろう。

「それじゃ4番台でお願いします」
「はい」
無言で終点を選び、キャラを選んで、流れ作業を済ませるかのように殴られ続けた。負けた。
数時間ほどして、彼はついに念願の初優勝を決めた。一度も笑っていなかった。

ぼくは会場を出た。
最寄り駅の待合室で、彼が一度も笑わなかったことを思い出していた。
静かな待合室のドアが乱暴に開いた。青年だった。目が真っ赤に充血している。
数秒の沈黙があって、彼は待合室を出ていった。
ふと気になって、彼のTwitterを見に行った。優勝報告などはしていなくて、一言だけ、『虚しい』と呟いていた。

彼はまたオフ大会に来なくなった。



「じゃあ5番台でお願いします」
「はい」
対戦台に座って相手を待っていると、青年がふらふらとやってきて隣に座ったので驚いた。
「何年振りですかね」できるだけ自然な声色になるように意識して話しかけた。
「忘れました。あれから、スマブラは全くしていません」青年は静かに答えた。
「じゃあ、今日来たのはどうして」
「わかりません」
青年はまっすぐこちらを見つめなおした。
「あなたと、こうして話がしたかったのかもしれない」
真顔で言われてしまって、ぼくは思わず吹き出した。
「なんだそれ」
青年もつられて笑いだした。ひとしきり笑ったあと、それじゃあ対戦しようか、となっていたときに後ろから声をかけられた。
「あの、ここって5番台ですよね。対戦相手間違えてませんか」
「え」
青年のほうに振り返ると、「てっきり、また一回戦で当たるものかと思ってた……」と頭をかいていた。
ぼくはもう一度笑って、「大会が終わったらご飯でも行こう」と誘った。彼はゆっくりと頷いて、自分の対戦台を確認しに行った。

これ以来、彼とは一度も大会で当たっていない。
だけど、大会が終わったあとは一緒にご飯を食べるようになった。